忍者ブログ
into 100-yen coin
2024/05/05  [PR]
 

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2000/12/23  無題

 





「いらっしゃいませー。2名様ですね、お煙草は吸われますか?」
「いいねえ、そういえばさっきの角に煙草の自販機あったよね」
「すんません禁煙席で」
「かしこまりました」
「ちえっ」
「俺に買えってか。未成年だぞ」
「君って見た目によらずそういうとこ真面目だよね」
「うるせー」


























 死んだモノは、もう何も話さない。何も思わない。
 よく喋る死体があるとすれば、それは既に死体ではない。
 霊体なども同じだ。あるとすれば、それはもう、歪んでしまった別の何か。
 天へ召された者は遺された者達を見守っているというのも、所詮は遺された側が勝手に死者を神格化しているに過ぎない。自身の精神の安定を図ろうとするための方便である。
 ヒトは全てを自分の都合の良いように解釈する。望まぬ現実に直面した際に、ルサンチマン――自身の正当性を訴えそれ以外を否定すること、そして時には同じ意思を抱く者達と共に特定の対象を糾弾し、『我々こそが正義である』という宣言と共に陰惨な行為へ嬉々として手を染める事例も、史実から挙げれば枚挙に暇のないありふれたものだ。
 ヒトは、自分自身が認識しているものを最優先する。あれこれと取り繕ったところで、実際に求めているものは「納得に足る解釈」のみ。真の真実など個人にはどうでも良い。そして滑稽にも、自らの解釈で塗り固めた世界の中で、喘ぎ、苦しみ、狂い、時として事実から盛大に目を逸らさなければ生きてすらいけない、非常に脆弱な生物なのだ。

「つまり、雨が止もうが似たようなもんだってことだろ」
 目の前の雄弁な青年は、こちらが口を挟む隙をなかなか与えない。喋るのが本当に好きなのだろう。しかもその内容は、いつもいつも、さして重要性を感じないことばかり。話題の矛先さえふらふらと定まらない。聞いても仕方が無いことを朗々と語られるのは、あまりにも退屈だ。
 しかしそれも何度も経験すれば、適当な相槌を打つだけで気楽に聞き流せることに気付く。相手の心境も考えずに自慢げに持論を垂れ流すのが好きな男と考えれば、よく居るタイプとも言える。
 こういう手合いには、張子の虎のようにただ首を上下に揺らしておけば良い。今日もそんな流れになったからと、話を聞いてる風を装い軽く頷いておいた。
「その通り!……まあ、今更なんだけどね」
 ――今更とか言うなら最初から喚くなよ。
 そう言いたいのを喉の奥に押し込んだ。堪えたその声を胃の底へ流し込むように、残る紅茶を一気に飲み干す。
(「……くそ、もうなくなりやがった。これで三杯目だ」)
 目線を周囲へ巡らせると、壁にかけられた年代物の時計が目に映った。針は17時を指そうとしている。確かこの店に来たのは14時過ぎだったはず――まあまあ良い店に来たかと思ったのに、優雅なはずのティータイムが台無しだ。
「で、どーするよ。その館行くのか?」
「あ、うん」
「じゃあ決まりな。んで明日のために今から買出し付き合えお前。またどうせ俺ンとこ泊まる気だったんだろ」
「あ、うんうん」
「ここの清算も俺にやらせるつもりだったんだろ」
「あ、……うん」
(「ざけんな」)
 自分の中の忍耐は、年齢に似合わずとても逞しく育っていると思う。
 幸い、難儀な能力と巨大な学園のお陰で財力には事欠かない。しかし似たような境遇にも関わらず、目の前の彼の財布は常に薄い。そんなに豪遊しているようには見えないのだが。
 丈の長い着古したジャケットに、履き潰される寸前のスニーカー。穿いているのはダメージジーンズとかそういう意味ではなく、端的に言えば、ボロい。明るい茶色の髪は安いヘアカラーで自分で染めたのだろう、艶が薄く斑が見られ、肩まで無造作に伸びている。口元を囲う無精髭には、先ほど食べたケーキのクリームがまだついていた。物怖じせず人の目を見る堂々とした態度と気さくな雰囲気がなければ、浮浪者にも見まがうかもしれない。
「ごめんね、いつも奢ってもらって」
 あまりにも意外な言葉に、思わず目を見開いた。彼が素直に謝るのはとても珍しいことだ。しかし、その希少な驚きも一瞬で冷めることになる。
「でもここのケーキ、あんまり美味しくなかったね」
「ああ解った今日はゴーストタウンで野宿したいんだな。じゃあ俺はDVDでもレンタルしてのんびり過ごす事にするわ。んじゃ」
「ええ!僕がいつそう言ったんだい!?あ、僕はアレが見たいな!なんかCGがすごいので、小さい魚がパパを探して冒険するやつ!」
 図々しい、厚かましい、無遠慮極まりない――彼は、そんな批難の言葉達さえもことごとく無力にさせる。
 俺は適当に会計を済ませ、可愛らしく微笑む店員に軽く礼を添えて店を出た。



「ねえねえ、あの映画のタイトル何て言ったっけ?ファイティングなんとか」
「戦うのかよ」
PR
prev  home  next
リンク


* シルバーレイン
* 俺のステータス画面

- - - - - - - - - - - - - - -
忍者ブログ [PR]
  (design by 夜井)