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2024/04/20  [PR]
 

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 なだらかな土地を覆う茶畑を抜けた先に一つの屋敷がある。古き良き、という言葉すら軽薄に感じさせる――重く厚い歴史を湛えた立派な平屋が。
「いってらっしゃい、亮輔。お父さんも認めてくれるよ」
 平屋の前で逡巡していた僕に、少女はにっこり笑って肩を叩く。しかし僕は笑う気にはなれなかった。
(そうは言っても……とりあえず殴られはするだろうな)
 親父さんのことだ。どちらにせよ、一度は拳が飛んでくるだろう。小さい頃から何度も奮われた拳は今ではすっかり小さく見えるようになってしまったのだが、不思議なほど身に染みるもの。
 何が違うのだろう。単純な腕力では僕の方が上のはずだ。筋骨隆々とまでは言いがたいにしても、それなり鍛えてきたことを裏付けるだけの筋力は持っている。事実、足の一本を見比べても、太さからして明らかに違うのに。
 たった一人の老人が、僕にとっては地獄の閻魔大王のような存在だった。
 その閻魔大王に、今から重大な申し立てをするのだ。僕の心臓はかつてない多忙に追われていた。
 日頃から、表情が少ない、無口だとよく言われる。だからと言って常に冷静というわけではないし、こんな時に平常心を保てるほど物事を達観出来ない。
 余裕なんてない。――ないと言ってるのに。
「……亮輔?」
 少女の瞳がこちらの瞳を掬い上げるように覗き込む。その顔に影がかかっているのを見て、僕はいつの間にか俯いていたのだとようやく気付いた。
「大丈夫?」
「ああ、……うん」
「嘘。本当はすごく緊張してるんでしょ。亮輔ビビりだから」
 けらけらと笑う少女は恨めしく、そして眩しかった。
 僕は観念する。この親子に勝てることは、一生ないのだろうと。

 老人と向き合い、禅を組む。この座り方にもかなり慣れたものだが、それでもやはり足の血が止まる感覚は窮屈だ。
 しかし老人はぴくりとも動かない。ただただ、僕の目を真っ直ぐに見て話を聞いていた。
 ――そこまで、見なくても。
 あまりにも堂々とされると気圧されてしまいそうになる。
 この視線にも流石にそろそろ慣れたいところだが、眼光が年々鋭くなるのだからいたちごっこなのだ。数年前に僕は「諦めても良い分野は存在する」と結論付け、この眼光に慣れる義務を放棄した。
 怖いもんは怖い、それの何が問題なのだ、と。
「話は解った。つまり、娘を寄越せということだな」
「いえ……や、はい、そうですね」
 老人の片眉がぴくりと上がり、僕の心臓はびくりと跳ね上がる。少なくとも今現在、怖いものが怖いことは大問題であった。
「はっ! はい、その通りです!」
「刀を持て」
「かた……はい?」
 ……刀、とは? ああ、この木刀のことを言っているのか。
 小さい頃から握り、振るい、折ってきた木の刀。刃はないが凶器としては充分な威力を持っている。
 なるほど。これから木刀試合でもするんだろ。そして殴られるんだろ。解っていますよ――。
 しかし、木刀へ手を伸ばした僕に述べられたのは真っ向からの否定だった。
「何をしている。真剣にて私と士合え、と言っているのだ。男たるもの獲物は自らの腕で狩らねばならん。こんな老体一つすらままならぬ輩に渡すものはない」
「……」
 そんな修羅な言葉を吐いておいて「こんな老体一つ」ですか。
 その老体が閻魔大王であっても? と聞き返す余裕は、僕にはなかった。
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